【愛され天使3巻発売記念SS】第3.5章 11月11日
第3.5章
11月11日
六時間目の授業が終わると、颯真は用がなければ早々に学校を出ることにしていた。
部活に入っているわけではないし、何かの委員会に所属しているわけでもない。女子たちの中には放課後教室に残ってペチャクチャとおしゃべりの花を咲かしているのもいるようだが、スマホを使えば話なんていくらでもできるんだし、わざわざ教室に残る必要もないだろうという考えだ。
教室にダラダラ残っているよりも、さっさと家に帰ってお菓子作りの練習をするなり、レシピ本を読んで勉強するなり、街をうろついてスイーツショップを見て回る方がよほど有意義な放課後と言える。
「市瀬、また明日ねー」
「おう和久井、またなー」
今日も目的があったので、通学カバンを引っ掴んだ颯真は声をかけてくる女子に軽く手を振りながら、早々に教室を後にした。
「えっと、金はどのくらい残ってたかな……」
学校の敷地を出たあたりで財布を取り出し、小遣いの残りを確認する。
最近はスマホによるQRコード決済が主流だが、颯真はほとんど利用していない。QRの方がポイントも付与されるし支払いだって簡単だし便利だろ、と友人にはよく言われるのだが、個人経営の小さなケーキ屋などではQRコードでの支払いに対応していない店がたまにあるのだ。小遣いを全額スマホの中に入れてしまっては、そういうお店でスイーツを買えなくなってしまう。なので、古臭いと言われつつも、颯真はいまだに現金主義だった。
「……キツイな」
財布の中は、思っていたよりも寂しい状態だった。買いたいものを買いたいだけ、というのはかなり難しい。
「二つか三つで我慢するか」
悲しいため息をつきつつ、財布をポケットに戻した時だった。
「颯真さぁん」
後ろからふんわりとした声に呼び止められた。
振り返ると、未希を従者のように伴った千佳が手を振りながらこちらへやってくるところだった。
「あのあの、今日なんですけど――」
「悪いが、今日は予定があるから無理だ。また今度にしてくれ」
追いついた千佳が何か言いかけたが、最後まで言わせることなく、ぴしゃりと拒絶した。
「何か用事があるんですか。残念です……」
断られた千佳が、飼い主に散歩を拒否された子犬のようにしょんぼりとしてしまう。
そんな彼女を見て、親友を可愛がっている未希が黙っているはずがなかった。
「ちょっと待ちなさい市瀬。アンタ、千佳の誘いを断る用事ってどういうつもりよ。くだらない用事だったらタダじゃ置かないからね」
気色ばみ睨んでくる長身の少女はかなり怖い。
「く、くだらない用事なんかじゃないって」
ちょっと及び腰になりながらもしっかりと言い返す。
しかし、未希は疑いの眼差しを向けてくる。
「くだらなくない用事って何よ。言いなさい」
「今日は11月11日だろ」
「…………?」
颯真はそれだけで伝わっただろうと思ったのだが、未希は千佳と顔を見合わせて首を傾げる。
「……だから?」
「本気でわかってないのかよ。11月11日といえば、ポッキー&プリッツの日だろうが」
「……ああ」
ようやくどういうことか理解した未希が、何だそんなことかと言わんばかりに呆れ顔になった。
11月11日のお菓子のポッキーとプリッツの記念日というのは、一般の人も知っている記念日の一つだろう。『1』という数字を細長いポッキーおよびプリッツに見立てて制定された記念日である。
「つまり、ポッキー&プリッツの日だから、ポッキーとプリッツを買って、アレンジレシピでもやってみようって考えているってわけだ」
「ご名答」
颯真が力強く頷くと、未希はやれやれと嘆息した。
「別に今日じゃなくたって、いつでも食べられるし作れるじゃない」
「パティシエに季節感は大事なんだよ」
よくわからない、と彼女はかぶりを振った。
「まあ、とにかくそういうわけで、今日はポッキーのアレンジレシピを作りたい日なんだ。どんな用か知らないけど、また今度な」
「そうですか……。残念ですが、そういう理由なら仕方ないですね」
寂しそうに俯く千佳を見ると罪悪感で胸が少し痛むが、前々から決めていたことなので、予定を変更しようとも思えない。
「じゃあ、そういうことだから。また明日な」
二人の少女に別れを告げて、近所のスーパーに向かおうとする。
が、未希が通学カバンをむんずと掴んでそれを妨害してきた。
「ちょっと待ちなさい。ワタシたちも付いて行くわ」
「は? 千佳と……斉藤も?」
意外過ぎる提案に思わず目を丸くする。
千佳が付いて来ると言い出すのはよくあることだ。だが、未希がこんなことを言い出すなんて記憶にないことだった。
「何を企んでやがる?」
「企むなんて失礼なことを言うわね」
警戒の表情を浮かべると、彼女は心外だと言わんばかりに眉間を狭めた。
「市瀬がポッキーポッキー言うから食べたくなっただけよ」
「だったら、勝手に買って食べればいいじゃないか」
「アンタ、薄情だし頭悪いわね。三人で買ったら、お金を出し合って色んな種類のポッキーをシェアできるじゃない」
「それは……」
未希の意見にグッと言葉が詰まる。たった今、自分の懐事情を嘆いていたところだったからだ。
彼女の言う通り、自分と千佳と未希の三人で少しずつお金を出し合えば、ポッキーを一種類だけではなく、複数種類を買って食べ比べができる。それは、パティシエ志望の颯真にとって、非常にありがたい提案と言えた。
「わかった。じゃあ、そうさせてもらおうかな」
「決まりね。スーパーでポッキー買って、市瀬の家で市瀬がポッキーを使って作ったアレンジスイーツ食べることにしましょう」
なぜかやたら上機嫌な未希が、早く行きましょうと千佳の背中を押す。
後になって思えば、この時に彼女の目的に気づいておくべきだったのだ。
スーパーに到着すると、黄色い買い物かごを手に取り店内に入ったのだが、後ろから未希がストップをかけてきた。
「市瀬、ちょっと待ちなさい」
「なんだよ」
「千佳、ちょっと来てー」
さっさとお菓子コーナーに行きたい颯真が不機嫌顔になりながら足を止めると、生徒会副会長は買い物かごの持ち手の片方を千佳に握らせた。
「うん、いいわね。同棲したてで一緒に買い物に来たカップルって感じがするわ。エモい! 尊い! 漫画っぽい!」
「何をやらせるかと思ったら……」
買い物かごのカップル持ちを見たかったらしい。
くだらない、と持ち手を千佳から返してもらおうとしたが、
「まあまあ、別にいいじゃないですか。未希ちゃんが喜んでくれるなら、私は全然構いませんよ?」
と、彼女は笑顔でやんわりとそれを拒絶した。
「いや、だけど……」
「もしかして、恥ずかしいです?」
いたずらめいた笑顔でそう言われると、颯真の反抗心に火が点いてしまう。
「このくらい、恥ずかしいわけがないだろ。いいよ、千佳がそう言うなら、このまま行こうじゃないか」
一つの買い物かごを二人で持って、お菓子コーナーに足を運ぶ。
「おっ、あったあった」
当たり前だが、ポッキーとプリッツは商品棚の一番目立つところにズラリと並んでいた。
「改めて見ると、ポッキーって色んな種類があるんですね」
「確かにそうだな」
有名どころはチョコレートと極細、つぶつぶいちごの三種類だろう。だが、期間限定の商品もドンドン発売されるので、その種類はいつだって多種多様だ。
「プリッツもおいしそうですね」
千佳がプリッツの緑の箱に手を伸ばそうとしたが、それを制する。
「プリッツもいいけど、アレンジレシピに使いたいから今日はポッキーに絞るぞ」
「えー、プリッツも食べたいです」
ポッキーの箱を買い物かごに放り込みながら宣言すると、買い物かごを半分持つ少女は残念そうな声を上げた。
「金がないんだよ」
「私たちもお金出すからいいじゃないですか」
言いながら、プリッツの箱を買い物かごに入れてくる。
「ダメだ。ポッキーをたくさん使ってやりたいことがあるんだよ」
千佳が入れたばかりの緑の箱を商品棚に戻す」
「ひと箱くらいいいじゃないですか」
その箱を再び買い物かごに入れる。
「ダメって言ってるだろ」
また商品棚に戻す。
「プリッツも食べたいんです!」
「また今度だ」
「颯真さんのケチ!」
「ケチだよ。金ないし」
買い物かごにプリッツを入れたり出したり。
そんなくだらなくも不毛な攻防を延々と繰り返す。
「……なんだか、お菓子を買ってほしい子供とその母親みたいになっちゃったわね。ワタシが期待したのは、こういうのじゃないんだけどなぁ」
それを後ろから見守っていた未希が、ちょっと残念そうに呟くのだった。
市瀬家に帰宅すると、レジ袋を携えた颯真はさっそくキッチンへ向かおうとした。
「じゃあ、二人は俺の部屋でポッキーを食べながら待っててくれ」
すると、また未希が呼び止めてきた。
「ちょっと待ちなさい。アンタ、自分の部屋に女の子が二人もやってくるのよ? もうちょっとドギマギしなさいよ。つまんないでしょ」
「斉藤、本当にそういうの好きだな」
たわけたことを真顔で言ってくる未希に顔をしかめて見せる。
女子が二人同時に来訪するなんて、よほどの陽キャでもない限り、滅多にあることではないだろう。それこそ、未希が大好きな漫画の中では一大イベントとして取り扱われるのではないだろうか。
ただ、その二人の女の子が、千佳と未希である。
千佳はいつも一緒にいるのが当たり前になりつつあるので、彼女が部屋に来たからといって、だからどうなんだという感じだ。
未希の方は、颯真にとってはとんでもなく面倒くさい小姑同然で、はっきり言えば、ちょっと苦手である。なので、彼女が自分の部屋を訪れたからと言って、全然嬉しくなかったりする。
そして何より、
「そんなことよりポッキーのアレンジスイーツの方が大事に決まってるだろ。そういうリアクション欲しいならまた今度にしてくれ」
「こ、このお菓子バカ……!」
呆れて絶句する未希を尻目にさっさとキッチンへ向かう。
ポッキー&プリッツの日に気づき、ネットで色々とアレンジレシピを調べているうちに作ってみたいスイーツを発見してしまったのだ。
昨日のうちにある程度制作しておいたので、買ってきたポッキーを使って最後の仕上げを行う。
「――うん、いい感じじゃないかな」
出来上がったスイーツをあらゆる角度からチェックし、その出来栄えに満足する。
さっそくあいつらに見てもらって感想をもらおうと、完成したばかりのスイーツをトレイに載せて、二階の自分の部屋に向かう。
「――ふぅん、千佳ってば、市瀬の卒アルを探しているんだ」
ドアを開けようとすると、部屋の中から二人の少女の会話が聞こえてきた。
「そうなんです。こちらに来るたびに探しているんですけど、どうしても見つからないんです。もしかして、ここにはないのでしょうか」
「アイツの性格から考えると、どこか別の部屋に隠しているとかも考えられるわね」
「そんなぁ。さすがに他の部屋は探せませんよ」
「まあ、そうガッカリしないの。卒アルも面白いけど、他にももっと面白いものが絶対にこの部屋には隠されているはずよ」
「他にも? ですが、卒業アルバムを探している時、そんなものは見当たらなかったですけど」
「甘いわね、千佳。時代はデジタルよデジタル。押し入れやベッドの下を探すより、スマホかタブレットの中を探した方が絶対に面白いものが見つかるはずよ。特に、男子はね」
「そういうものなのですか。よくわかりませんけど、タブレットならそこにありますよ。でも、ロックがかかっているみたいです」
「市瀬のくせにセキュリティをきちんとしているなんて生意気ね。これはますます中身が気になるわ。ロック解除の方法は何かしら?」
「顔認証みたいです」
「写真で何とか誤魔化せないかしら」
「私、颯真さんの寝顔の写真は持ってますよ。試してみましょうか」
言いたい放題、やりたい放題である。
「オイコラ、お前ら何やってやがる」
ドアを乱暴に開けて、二人の少女をジロリと睨んだが、揃ってちっとも悪びれた様子を見せない。
「斉藤、生徒会副会長が家探しなんかしていいと思ってるのかよ」
「アンタが絶好のイベントをスルーするから、他のイベントを発生させようとしているだけよ」
長身の少女は無茶苦茶なことを平然と言ってのける。
「お前な、そういうの自作自演って言うんだぞ」
何が何でも漫画的イベントを見たいらしい未希に呆れていると、千佳が制服の袖をクイクイと引っ張ってきた。
「颯真さん颯真さん、このタブレットのロックを解除したいので、顔を貸してくれませんか?」
「貸すわけないだろうが」
無邪気な顔でレンズを向けようとする彼女の手からタブレット端末を奪い取る。
「えー、颯真さんのタブレットの中身、見てみたいです」
「タブレットなんてプライバシーの塊だろうが。絶対にダメだ」
見せられるはずがない。特に、女子である千佳には。
「そんなことより、こっちに注目してくれよ。こっちがメインだろ」
学習机の上に置いたタブレット端末の代わりに、トレイに載せたポッキーのアレンジスイーツを指さす。
「お菓子の家ですね! 可愛いです!」
そのスイーツを見た千佳が、パチパチと拍手しながらはしゃいだ声を上げた。
「前からやってみたかったんだよな。結構形になってるだろ」
ちょっと得意げに折り畳みテーブルの上にお菓子の家を置く。
クッキーの壁、チョコレートのドア、スティックケーキの煙突、そしてポッキーを丸太に見立てて並べた屋根。それにアラザンやアイシング、キャンディーなどでデコレーションしている。
「アンタにしては可愛いの作ったじゃない。いいと思うわよ」
珍しく未希も感嘆の声を漏らしながら褒めてくれた。
「壊して食べるのがちょっともったいないわね。そうだ千佳、写真撮りましょ」
「いいですね! 二人で撮りましょう!」
お菓子は味ももちろん大事だが、見た目も非常に重要だ。少女二人が小さなお菓子の家に一緒にパシャパシャと写真を撮るのを見て、颯真は作ってよかったと満足した。
「それは二人で食べてくれよ」
「いいんですか?」
「ああ、遠慮しないでくれ」
お菓子の家は二人に譲り、颯真は製菓に使わなかったポッキーをレジ袋から取り出した。
「やっぱりいちごかな」
ノーマルのチョコレートや極細も好きだが、つぶつぶの果肉感があるいちごのポッキーも好きだ。
「ちょっと待ちなさい」
さっそく赤い箱を開けて食べようとすると、未希から本日三度目の制止を受けてしまった。
「なんだよ斉藤、今日はやたら絡んできやがるな」
何かしようとすると邪魔されている気がする。
不快感を隠そうともせず眉間にシワを作ると、彼女はまあいいじゃないのと宥めながらポッキーの箱を奪い取った。
「ポッキーといえば、一つ忘れちゃいけないものがあるじゃない」
「有名なアレンジレシピでもあるのか?」
「レシピじゃないわよ。ポッキーといえば、ポッキーゲームじゃない」
「……ポッキーゲーム?」
「まさか知らないの? ポッキーゲーム」
「いや、さすがに知ってるけど」
ポッキーゲームとは、有名すぎるパーティーゲームである。
一本のポッキーの両端を二人の人間が咥え、食べ進んでいき、先に口を離した方が負けとなるゲームだ。お互いが口を離さなかったらキスをしてしまうというのがポイントで、そこのギリギリ感が大いに盛り上がるので合コンや飲み会などで行われることが多い。
言うまでもないことだが、颯真はこんな陽キャ御用達のゲーム、知ってはいてもやったことなど一度もない。
「お前まさか、そんなとんでもないゲームをしたいって言い出すんじゃないだろうな?」
「ワタシはしたくないわよ。千佳とアンタがするのを見たいだけよ」
あっけらかんと、とんでもないことを言ってきた。
「さてはお前、今日はそれが一番の目的だったんだな……!」
ようやく未希の真意に気づき、低く唸る。
「当たり。ポッキーって聞いて真っ先に思いついたのよ。漫画とかでは見ることあっても、リアルでは見たことがないから、前から見てみたいとは思っていたの。そして気づいたの。これって千佳と市瀬がやったらとっても尊くない? って」
平然と言ってくるのが恐ろしい。
「そんなの、やるわけがないだろうが」
冗談ではなかった。ポッキーゲームは顔を近づけるどころか、もしかしたらキスをしてしまうかもしれないゲームである。そんなゲームをやるなんて、恥ずかしい以外の感情が見当たらない。
「やらなかったら、アンタを羽交い絞めにしてタブレットの顔認証を力づくで解除するわよ」
机に置いたタブレット端末を手にして、これ見よがしに見せつけてくる。
「シンプルにヒデェ……」
女の子とはいえ、未希と千佳の二人がかりで襲い掛かられたら、抗い続けられる自信はない。かと言って、唯々諾々とこんな赤面確定のゲームなんかやりたくはない。
「そうだ千佳! お前だって人前でこんなこっぱずかしいゲームしたくないよな?」
一縷の望みを託して、二人が言い合っている間ずっと静かだった少女に尋ねる。
「なるほど! 面白そうですね!」
すると、スマホを見ていた千佳が明るい笑顔を見せてきた。
「是非ともやってみましょう」
などと、さっそくポッキーを咥え始める。
「正気か⁉ 友達に見られながらとんでもなく恥ずかしいことをやるんだぞ⁉」
「ものすごく近い距離で颯真さんの恥ずかしがる顔を見られるなんて素敵なゲームじゃないですか。確かにちょっと恥ずかしいですけど、そんなこと些末の問題です!」
「チクショウ、お前はそういう奴だったな」
「さあさあ、私とポッキーゲームをしてみましょう」
嬉々とした千佳がポッキーを咥えたまま迫ってくる。
「市瀬、千佳がああまで言ってるのに拒否するなんて失礼でしょ。男なんだから覚悟を決めなさい」
目をぎらつかせた未希が唯一の脱出口であるドアを塞ぐ。
前門の虎後門の狼ならぬ、前方の千佳後方の未希。颯真に逃げ場はなかった。
未希にタブレット端末でコンコンと頭を小突かれ、颯真はガックリうなだれてしまう。
「クソッ、なんでこんな目に……。俺はただ、ポッキーでお菓子の家を作りたかっただけなのに……」
ブツブツと愚痴をこぼしながら、千佳が咥えているポッキーの反対側を咥える。
ポッキーの長さは約十四センチ。お互いが咥えている部分が一センチだとして、残り十二センチ。つまり、二人が六センチずつ食べ進めるとキスをすることになってしまう。
この時点で無茶苦茶ハズいんだけど……! 千佳の奴、なんで平気な顔をできるんだ……⁉
キラキラと輝いている彼女の瞳からは、『楽しい』・『面白そう』以外の感情は読み取れない。
「二人とも準備はいいわね? それじゃあ、ポッキーゲーム、スタート!」
親友同様思い切りワクワクしている未希の掛け声と共にポッキーゲームは開始された。
サクッ。
軽やかな音と共に、一センチ食べ進める。
千佳の唇が一センチ近づく。
「――やっぱ無理だ。俺の負けでいい。これ、恥ずかしすぎるだろ」
ゲーム開始から十秒も経たず、颯真はポッキーから口を離し、ギブアップを宣言した。
「えッ、もう⁉」
「『無理』とはどういうことですか『無理』とは!」
当然のように二人の少女が騒ぎ始める。
「市瀬アンタ、いくらなんでもチキンすぎない⁉ もうちょっと頑張りなさいよ! こんなの合コンでやったら白けるどころじゃないわよ⁉」
「私まだ恥ずかしがる颯真さんを堪能していません! もうちょっと粘ってくれないと困ります!」
ひどい言われようだ。
だが、颯真は甘んじてそれを受け入れる覚悟を決めた。
「どう言われようと無理なものは無理だ。斉藤に見られながらやるとかきつすぎる。チキンだろうがいくじなしだろうが、いくらでも言ってくれ。なんだったらタブレットの中身も好きに見ろよ。そっちの方がまだマシだ」
自ら顔認証のロックを解除してタブレット端末を差し出す。
だが、二人の少女はそんなものに見向きもしない。
「冗談じゃないわよ! ここまで期待させておいて、秒で終わるなんてガッカリどころの話じゃないわよ⁉」
「そうです! じっくりたっぷりジワジワと颯真さんを追い込もうと思っていたのに、何もできなかったじゃないですか! だいたい、私ではポッキーゲームの相手として不足なんですか⁉」
「いや、あの、本当にごめんなさい。無理なものは無理なんです」
未希と千佳に何を言われようとも、颯真は平身低頭謝り続け、二度とポッキーゲームをしようとはしなかった。