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【異世界料理道30巻発売記念】EDA先生書き下ろしショートストーリー

著/EDA イラスト/こちも

幸福な昼下がり


「俺の故郷には、ハンバーグ専門店っていうものがあったんだよな」

 とある日の昼下がり、ファの家の広間において、俺が何気なくそのような言葉を口にすると、アイ=ファは殺気だった面持ちで身を乗り出してきた。

「はんばーぐせんもんてんとは? 詳しく語ってみせるがいい」

「お、おう。なんだか、ずいぶん前のめりだな。俺はちょっとした世間話のつもりだったんだけど……」

「いいから、語るがいい。せんもんてんとは、何なのだ?」

 本日は屋台の休業日であり、アイ=ファもそれに合わせて休息の日とした。それでひさびさに我が最愛なる家長殿とのんびり過ごすことになった俺は、楽しく語らうべく話題を選んだつもりであったのだが――ハンバーグをこよなく愛するアイ=ファは、楽しいを通り越して真剣そのものの面持ちであった。

「まあいいか。……専門店ってのはその名の通り、専門の店ってことだよ。野菜を売るのは野菜屋さん、肉を売るのは肉屋さん、ハンバーグを売るのはハンバーグ屋さんってことだ」

「……しかしはんばーぐとは、料理の一種であろう? 宿場町においてもアリアやチャッチのみを売る野菜売りなどは存在するまい」

「うん。だけど俺の故郷では、料理屋が細分化されてたんだよ。ハンバーグ専門店とかカレー専門店とか、そういうお店が山ほどあったんだ」

 アイ=ファは形のいい下顎に手をやって、「ほう……」と重厚なる感嘆のつぶやきをもらした。

「お前の故郷がジェノスよりも栄えた町であったという話は聞き及んでいたが、よもやそこまでとはな……しかしさすがに、一種の料理だけで商売が成り立つものなのであろうか? いかにはんばーぐが美味なる料理でも、それではあまりに代わり映えがなかろう?」

「いやいや。俺だって、色んなハンバーグを晩餐で出してるだろう? 専門店ともなれば、それ以上に色々な献立を準備しているはずさ」

「……たとえば?」

 アイ=ファの瞳は、いよいよ研ぎ澄まされた輝きをたたえていく。何気ない世間話のつもりであった俺も、本腰を入れて記憶をまさぐることになってしまった。

「ちょっと整理をさせてもらうぞ。俺がアイ=ファに出したことのあるハンバーグっていうのは、グレービーソースとデミグラスソースとタラパソースと、あとはタウ油仕立ての和風ソースぐらいだったかな?」

「うむ。大きく分ければ、その四種となろう。ただし、タラパは煮汁を上に掛ける形式と煮汁で煮込む形式があり、さらに、はんばーぐの内側に乾酪を仕込むか否かという形式の違いも見受けられる」

「さすがハンバーグに関して、アイ=ファの記憶は確かだな。俺がぱっと思いつくのはその四種ぐらいだけど、その組み合わせだけでいくつかの種類に分けられるし――」

「組み合わせとは?」

「だからほら、デミグラスや和風のほうでもソースを上に掛けるか一緒に煮込むかで仕上がりが違ってくるからさ。そういえば、俺は煮込みハンバーグっていうとまだタラパ仕立てしかお披露目してなかったもんな」

「…………」

「最近は扱える食材も増えたから、デミグラスや和風の煮込みハンバーグでも、色々と趣向を凝らせると思うぞ。それ以外でも、乾酪をソースに仕上げるのも面白そうだし、照り焼きソースも試してみたいし……あ、そうだ。まだ挑戦してないけど、シャリアピンソースなんてのもあったな」

「……しゃりあぴんそーす」

「うん。すりおろしたアリアとミャームーに果実酒やタウ油や砂糖や酢なんかを入れて煮込むだけなんだけど、きっと美味しいと思うぞ。砂糖や酢を使えるようになった時点で、試してみればよかったな。きっとアイ=ファも気に入るはずさ」

「…………」

「あとは、トッピングだな。乾酪はもちろん、目玉焼きとか温泉卵とか……あ、目玉焼きってのは卵を焼いた料理で、温泉卵は卵を煮込んだ料理のことな。半熟に仕上げた卵をハンバーグにのせると、また美味しいんだよ。うーん、こうしてみると、俺もまだまだ挑戦してないやり口がこんなに残されてたんだなぁ」

「…………」

「とまあ、俺だってこれぐらいの種類を思いつくぐらいだからさ。これだけ種類があれば、専門店でもやっていけそうだろう?」

 アイ=ファはがっくりとうなだれて、腹痛でも覚えたかのように自分の腹を抱え込んでしまった。

「ど、どうしたんだ、アイ=ファ? お腹が痛いのか?」

「……痛みではなく、空腹を覚えたのだ」

「ええ? でもまだ、お昼をいただいてから一刻ぐらいしか経ってないけど……」

「お前がそのように、つらつらとはんばーぐの話を語るからであろうが?」

 アイ=ファはとても恨めしげに、上目遣いで俺の顔をにらみつけてくる。

 ハンバーグについて聞きほじってきたのはアイ=ファの側であるはずだが、まあここは俺が甘んじて責任を負うべきなのであろう。

「それは申し訳なかったな。お詫びに今日の晩餐はハンバーグにするから、それで勘弁しておくれよ」

「……お前は、いかなるはんばーぐを供するつもりであるのだ?」

「うーん、そうだなぁ。ここはやっぱり、初の献立に挑戦してみようか。アイ=ファのおかげで、色々と発想が広がったからな」

「…………」

「照り焼きソースは、けっこうおすすめだぞ。シャリアピンソースもいい感じだと思うけど、ちょっとインパクトに欠けるかな。デミグラスの煮込みハンバーグなら具材でも工夫できそうだし、和風あんかけでたっぷりキノコを添えるってのも捨てがたいし、ハンバーグカレーは……ううん、あれはちょっと、お米が欲しくなっちゃうかなぁ。さすがにお米に似た食材は見当たらないもんなぁ」

「…………」

「献立の幅が広がりすぎて、ちょっと迷っちゃうな。よければ、アイ=ファが選んでくれないか?」

 アイ=ファはうつむいたまま、何事かをつぶやいた。しかし俺には聞き取れなかったので、「え?」と耳を寄せてみると――アイ=ファは猛然と顔を上げ、鼻がぶつるかるぐらいの勢いでこちらに肉迫してきた。

「私に、選べるわけがあるか! 好きなように、私の心を乱しおって!」

 俺たちは、迂闊に触れ合うべきではないという取り決めをしている。しかし、こうまで接近してしまったら、アイ=ファの香りや温もりが思うさま俺の感覚を蹂躙し、それこそ心をかき乱してやまなかった。

 まあ、それだけアイ=ファはこよなくハンバーグを愛しているのである。

 そうして俺はアイ=ファの香りや温もりをひしひしと感じながら、幸福な昼下がりを過ごすことになったわけであった。



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