「おっちゃん冒険者の千夜一夜」コミックス第2巻発売記念スペシャルショートストーリー
漫画/栗橋伸祐 原作/金暮 銀 キャラクターデザイン原案/戯々
※こちらは、原作小説2巻の期間限定スペシャルショートストーリーを、コミック2巻発売にあたり特別採録したものです
第一昼 おっちゃんと寡黙な存在
『狂王の城』の地下の大洞窟。腰巻きを着けたトロルが二人いた。
トロルとは身長三mの筋肉の塊で、岩のような肌を持っているモンスターだった。発達した筋力から繰り出される強力な一撃と脅威の再生能力を持つ恐ろしい存在だった。
トロルは暗闇でも見えるので、地下洞窟で活動するのでも問題なかった。
トロルの名は、おっちゃん、今年で三十二になるモンスターだった。
もう一人は若いトロルで、名をボロルといった。
「ボロルはん、どや? この仕事は慣れたか?」
ボロルが軽い調子で気楽に語る。
「人間の相手でしょう。思っていたより楽ですね。奴らは俺らより小さいし、力もない」
おっちゃんから見ても、ボロルには格闘センスがあった。身体能力も他のトロルより優れていた。
だからこそ、おっちゃんは上司として不安だった。
「そうか。でも、人間を舐めたらあかんで。強い奴はおる。無理やと思ったら、仲間に応援を要請したり、逃げたりするのも、一つの手や」
ボルロは笑って答える。
「心配しすぎなんですよ。おっちゃんさんは」
「そうか。なら、魔法を覚えてみんか。魔法があると楽やで」
ボロルが苦笑いして拒絶する。
「俺、そういう頭を使うのは、ちょっと……」
「なら、剣術は、どうや。『狂王の城』にはドラニア先生がおる。先生が安く教えてくれるで」
ボロルが自信たっぷりに発言する。
「剣術? 必要ないですよ。ちまちま戦うより、殴ったほうが早いですよ」
部下にスキルアップを促すのもおっちゃんの仕事だった。
だが、全ての部下がスキルアップに向けて努力するタイプではない。特に、身体能力に優れて強固な肉体を持つトロルは後ろ向きだった。
闇の奥から、何かが歩いてくる気配がする。
(この足音は人間やないな。トロルのもんやな)
闇の奥から蜜柑箱のような大きさの木箱を持ったトロルの二人組が現れる。
「交替に来ました。罠の点検をお願いします」
『狂王の城』では交替に来るモンスターがトラップの補充用の箱を持って来る。
交替で上がる前に、当番になっているモンスターがトラップの点検と補充をしてから勤務を終えるのが、慣例だった。
おっちゃんは木箱を手に取って指示を出す。
「巡回の時間や。罠と宝の状態を見に行くで」
ボロルが苦い顔でぼやく。
「人間が掛かっていないといいな。トラップって、戻すだけでも手間なんだよな」
「手間を惜しんだら、あかん。きちんと状態を確認するのも仕事や」
草原の中に、大きな円型の城がある。高さが五十mで周囲は二十㎞にも及ぶ巨大な城であった。城は人間より遙かに大きな種族に合わせた造りだった。
城は外敵に怯える王が、大悪魔の『ウィンケル卿』の力により一晩で建設させた、と言い伝えられていた。人はそこを『狂王の城』と呼んだ。その『狂王の城』の地下に広がる大洞窟が、おっちゃんの職場だった。
おっちゃんとボロルは、下り坂にやってくる。
下り坂の向かいの壁は、大きく凹んだ隠し部屋になっていた。
「罠が作動したあとやな」
ボロルが不満のある顔で愚痴る。
「ここの大岩の転がる罠は、岩を元に戻す仕事が面倒なんだよな」
おっちゃんは地面を調べて、足跡の痕跡を見る。
「あかんわ。これ、罠だけ作動させられて。人間は掛かっておらんパターンや」
ボロルが苦い顔で、不満を漏らす。
「なんだ、外れか。もう、この罠は中止すればいいのに」
「ほらほら、いい若い者が文句を言わんと、準備してや」
おっちゃんは凹みの奥からフック付きの鎖を引っ張りながら下に持って行く。
下り坂の終点にある大岩の凹みにフックを掛けて、上に合図する。
「ええで。鎖を巻いてや」
合図をすると、鎖が張られる。大岩がゆっくりと地面を滑りながら、上がっていく。
おっちゃんはボロルの元まで戻って、ボロルが小部屋で巻き上げ機を操作する間、辺りを警戒する。
(冒険者はどこで襲ってくるか、わからんからな。一人が作業中は一人が警戒するのが基本や)
岩が上がりきると、ボロルが部屋から出る。ボロルが岩を部屋に押し込めて、壁に偽装した扉を閉めた。
冒険者の襲撃はなかったので安堵する。
「ほな、次のトラップの点検に行こうか」
「毒矢に、落とし穴、それに油壺に、ガス室の点検か」
「そうやで。ついでに、二箇所の宝も無事か確認が必要やな。なかったら、宝物係に報告や」
トラップは仕掛けるモンスターがいれば、メンテナンスするモンスターもまたいる。
複雑なトラップほど、解除しにくいが、メンテナンスするほうは大変だった。
ボロルがぶつぶつと不平を口にする。
「もう、俺ね、トラップって、簡単にメンテナンスできるものだけで、いいと思うんですよ。後は、人海戦術で警備したほうが楽だと思うんですよね」
「それだと、人件費が嵩(かさ)むし、力押しされるで。そうならんためにも、トラップや。それに、トラップにも、いいとこはあるんやで」
ボロルが不機嫌な顔で質問する。
「なんですか、安い点ですか?」
「トラップは愚痴を言わん」
おっちゃんが何を言わんとしているかボロルにもわかったので、ボロルは大いに恥じ入った。
第二昼 おっちゃんとダンジョンの格言
その日は、大岩が転がってくる罠に潰された冒険者の死体を回収した。
おっちゃんは、回収部屋にボロルを連れて行き、指導をする。
「まず、所持品と死体を分ける。次に所持品を『狂王の城』から出る品と、そうでない品に分ける。最後に、そうでない品を高価な品とゴミに分けるんや」
ボロルが眉間に皺を寄せて、選別を始める。
「初めは急がなくてええで。ゆっくりでも確実に分別するんやで」
ボロルが面倒臭そうな顔で選(よ)り分けながら口にする。
「おっちゃんさん、これ、ゴミとそれ以外に分けるだけじゃ、駄目ですか? 前の人は、そうやっていましたよ」
「慣れとるなら、それでええ。だが、素人のゴミ判定は危険や。間違って高価な物をゴミに分別する可能性がある」
ボロルはさえない顔で愚痴る。
「そういうもんですかね」
「働いている者からすれば、ダンジョン運営業なんて大金持ちに見えるやろう」
ボロルが冴えない顔で意見を挟む。
「違うんですか? ダンジョン運営なんて金持ちじゃないとできないでしょう?」
「働いている者からすれば、よく見える。宝なんて置いているぐらいやからな。でもな、財布を預かっている連中からすれば、違うねん。余裕は全然ないねん」
ボロルが疑いも露に発言する。
「ホントかなー、ダンジョンに金がないなんて、信じられないな」
「そうやで。財布を預かる人間は、いつも数字を睨んで頭を抱えとる。せやから、こうして冒険者が死んだら、金目の物を回収して、宝物係に送って財布の足しにするんや」
ボロルが素っ気ない態度で告げる。
「でも、宝物係なんて、うちらとは階層も係も違うでしょう」
「おっと、その考え方は危ないで。ダンジョンの仕事なんて、全部がどこかで繋がっているもんや。どこかで世話になる状況もあるやろう。せやから、関係ないとか、違うとか、不満を言うたら、あかん」
「そういうもんかな」とボロルが不承不承の態度で作業を続ける。
「できましたよ」とボロルが分別を終えた。
おっちゃんは短剣、地図、ペンダントを横に除(よ)ける。
「ほとんど合っとる。だが、この三つの品の分類が間違うとる」
ボロルが高価な品に分別した短剣を拾い上げ、刀身を確認する。その後、彼は納得行かない顔をして声を上げる。
「これが高価な品じゃなくて、ゴミですか? けっこう、いい品に見えるんだけどな」
「品質はええ。ただ、これは、外からのではなく、ウチのダンジョンで出回っている品に分類や」
ボロルが不思議な顔で疑問を口にする。
「作業していて思ったんですが、どうして、『狂王の城』の品と他のダンジョンの品に分けるんですか? 高価な品なら、どこのダンジョンの品でも一緒でしょ」
「ダンジョンで宝物として使われている品は採用判定会議を通っている品や。だから、補充品に回しても、宝として、すぐに使える。せやけど、他のダンジョンの品や、人間の所持品は、一見して同等品と思っても扱いが違う」
ボロルが興味を示して訊く。
「採用判定会議を通っていないと、宝箱に入れてはいけないんですか?」
「基本はそうなんや。採用判定会議では価格はもちろん、使われ方や、ダンジョンにおける影響まで考え抜いて採用が決まる。だから、人間に渡しても問題ないねん。でも、そうでない品は、問題あったりする」
ボロルが突っ込んんで質問する。
「どんな問題ですか?」
「毒針の罠の掛かった宝箱に、毒消しを入れておいたらまずいやろう?」
「それだと、せっかく罠に掛けたのに、意味がなくなりますね」
「さっきのは極端な例やけど、そういうおかしな事態にならんように、採用判定会議があるねん」
ボロルが興味を持ったのか、機嫌よく尋ねる。
「なら、この地図はどうですか? 俺はゴミに分類しましたが、これは、まさか高価な品ですか?」
「ちゃうねん。それも、採用判定会議を通った『狂王の城』の品や」
ボロルが厳しい顔で意見する。
「うちの採用判定会議は何をやっているんですか! そんな地図なんか、渡したら駄目でしょう」
「ええねん。その地図は、数箇所に致命的な間違いがある。持ち主も地図を信じたから、罠に掛かって死んだんやで」
ボロルが真剣な顔で地図を確認する。
「なるほど! 宝に見せた罠だったのか」
「そうや。いわば毒を潜ませてある品や、呪いの品だけが罠やない。そういう罠もあるんや」
ボロルが、残ったペンダントをまじまじと見ながら疑問を呈す。
「最後のペンダントはどうです? これは、ゴミで合っている気がします。まさか、これも『狂王の城』の品ですか?」
「それは、大して価値のない品やで」
ボロルがきょとんした顔で尋ねる。
「なら、ゴミで合っていませんか?」
「いや、そういう価値のない思い出の品は、死体扱いでええねん。死んだ人間と一緒にしておいてやり」
ボロルが意外そうな顔をする。
「おっちゃんって、ロマンチストなんですね?」
「そんなことないよ。ダンジョンの格言に『冒険者は同じ墓に埋めてやれ』の言葉があるやろう」
「冒険者は生きて帰すなって意味の格言ですよね」
「あれはな、一緒に戦った仲間なら一緒の墓に埋めてやる気構えを持て、の意味もあるんやで」
「俺にはちょっとまだ理解できないな」
第三昼 おっちゃんとトラップの企画書
『狂王の城』の下に広がる地下空洞に、おっちゃんとボロルはいた。
おっちゃんはボロルと一緒になったので、催促する。
「ボロルはん、トラップの企画をはよ出して、あと企画を出してないのはボロルはんだけやで」
ボロルが頭を掻き、苦い顔をする。
「俺は企画とか、そういうのって苦手なんですよね。単純に毒矢とか落とし穴では、駄目なんですかね? もう、それでいい気します」
おっちゃんは、やんわりと注意する。
「そういう単純なものなら、企画会議で集める必要はないやろう」
「でも、いうでしょう? 簡単なのが最良だ、って」
「最良かて、あちらこちらにあれば一般やぞ」
ボロルが興味を示した顔で訊く。
「ちなみに、おっちゃんさんはどんなの出したんですか? 真似しないから、教えてくださいよ」
「教えてもええけど、大した罠やないよ」
ボロルがにやにやした顔で訊ねる。
「いいでしょう。教えてくださいよ」
「毒の泉や。そんで、毒の泉の傍には木が生えていて瑞々しい果物が実っているんや」
ボロルが、わかったとばかりに顔を輝かせる。
「なるほど! その木に生っている実を食べたり、泉の水を飲むと、毒にやられるわけですか?」
「正確には違う。泉の水と果実はどっちかがセーフやねん。そんで、セーフかどうかは時間帯によって替わるねん」
ボロルが顔を歪め、訳がわからないとばかりに質問する。
「え、なんで、そんな面倒な仕掛けをするんですか?」
「両方を毒にするなら、最初のうちは、ええ。でも、すぐに危険やと情報は出回る」
ボロルが当然の顔で相槌を打つ。
「それは、出るでしょうね。人間は知恵があるから」
「情報が出回った時に、泉の水と木の実の両方が毒やと、誰も訪れんくなる。そうなれば、置物と一緒や。トラップとして寿命もそこで終わりや」
ボロルが難しい顔で意見する。
「片方を安全に固定すると、人間は休憩にやって来る。だから、休憩所にされてしまいますね」
「そうやで。そんなラッキー・ポイントはダンジョンには要らん」
ボロルが感心した顔をする。
「そこで、時間帯によって、安全な対象を切り替える対応をして、二択のトラップにするのか。よく考えているな」
「さらに、泉の近くに潜伏場所を作っとけば、なおええ」
ボロルが明るい顔で告げる。
「人間が二択のトラップを回避して、安全だと油断したところで、奇襲をかけるわけですね」
「相手を油断させて隙を突く。戦いの基本や」
ボロルの表情が曇る。
「でも、そこまで考える必要が、あるのかなあ……」
「人間も命懸けやからのう」
ボロルの顔が明るくなり、浮き浮きしながら語る。
「思いついた。部屋の真ん中に箱があって、中に爆弾の罠が仕掛けてあるんですよ。それで、少し離れた場所に大きな溝があって、溝の中に、フック付きの紐が落ちているんですよ」
(なんか、先が読めるな。それは、箱の蓋に紐つけて引くと、溝が爆発するんやろうな。でも、ボロルはんがせっかく思いついたようやから、黙っておこう)
おっちゃんは素知らぬ顔で先を尋ねる。
「ほう、それで、どうなるんや?」
「それで、冒険者が溝に隠れて、箱の蓋にフックを掛けて紐を引くんです。そうすると、溝が爆発するんです。どうですか? 冴えているでしょう!」
(思ったとおりやな)
おっちゃんは。やんわりと欠点を注意した。
「着眼点はええ。せやけど駄目やな」
ボロルが残念そうな顔をして訊く。
「あれえ、いいと思ったんだけどな。どこが駄目なんですか」
「冒険者にしてみれば、宝の回収が第一や。箱に爆弾を仕掛けてあってトラップを発動させれば、中身が吹き飛ぶ。それでは、冒険者はボロルはんの思うとる方法では解除しないやろう」
ボロルが思いついた顔をする。
「なら、中身を空にしておけばどうでしょう?」
「中身が空だと冒険者にスルーされるで。冒険者の宝に関する嗅覚(きゅうかく)は鋭い」
ボロルが悔しそうな顔をする。
「そうか。いい案だと思ったんだけどな」
「なら、ヒントをやるわ。なにも、箱に拘る必要はないんやで」
「そうか。扉とかなら、いいのか。先に行きたいけど罠がある。扉を破壊できれば進めるような構造にしておけば、罠が成立する。これ、企画書の案として使っても、いいですかね?」
(単純な毒針や落とし穴の企画書が出てくるより数段ええけど微妙やな。でも、ええか、わいの案も、それほど優れた罠やないし)
「ええんやないの。基本は、ボロルはんが思いついたものやし」
ボロルが素直に喜んだ。
「やった! これで、ノルマをクリアーだ」
後日、企画を出したボロルの罠と、おっちゃんの罠は、採用判定会議で審査を受けて、仮採用となった。
第四昼 おっちゃんと大量の野菜
ダンジョンの支配領域はダンジョンの中だけではない。ダンジョンのある周辺にも支配地域がある。
おっちゃんは『狂王の城』の支配地域にある、オーガの村に来ていた。
オーガは身長が二百五十㎝前後、赤い肌をして一本角を生やしており、がっしりした体格の種族である。オーガはトロルには劣るものの、強い力を持ち、暗闇でも見える目を持っている。
晩夏の昼。雨が降る中、革の服を身に着けたオーガが険しい顔で、おっちゃんの許に来る。
「駄目です。おっちゃんさん、河の流れが急です。今日も野菜の運び出しは無理です」
オーガの名はガガーリ、本来は厨房係である。
「まいったの。こんなに何日も河を渡れんとはなあ。せっかく徴税した野菜が腐ってまうで」
夏の終わりから秋に掛けては徴税の季節だった。徴税係だけでは人が足りなくなるので、他の係のダンジョン・モンスターが応援に来ていた。
ガガーリが暗い顔で告げる。
「雨で既に一部の野菜は、悪くなり始めています。このままでは、野菜を捨てざるを得ません」
「せっかく徴収した野菜を捨てるわけにはいかんやろう。塩漬けはどうや? 漬物にして、運べんか?」
ガガーリが困った顔で進言する。
「無理です。荷車一台分の野菜です。余っている酒樽はありますが、塩漬けにするには、肝心の塩が足りません。」
おっちゃんは雨空を仰いで愚痴る。
「雨が降っとるから、乾燥野菜にもできんな。なら、酢漬けはどうや? 酒があるんや。酢かて、あるやろう」
ガガーリが弱った顔で首を横に振る。
「駄目です。腐敗を抑えるほど大量の酢が村にはありません」
「そうか、なら、発酵野菜にするか」
ガガーリは沈んだ顔で意見を述べる。
「夏の終わりですが、気温は高いです。発酵せずに腐敗する可能性が大きいです。これは最悪、野菜を戻して肥料にしてもらうしかありません」
「それは、あかん。村に返して肥料にしたら、徴税済みという形にはならん。また、この村から徴収せい言う話になる」
「でも、村の呪術師の話では、あと七日は雨が降ると告げています」
「よし、しゃあない。野菜は全て刻んで煮てくれ。そんで、ペースト状にしてから、塩とヨーグルトを加えて、樽に入れて運ぶ。火を入れれば、発酵野菜ペーストとして運べるかもしれん」
ガガーリが暗い表情で告げる。
「火を入れて調理しても、七日では黴が生えませんか?」
「わからん。せやけど、どんな形でもええから、村に負担を掛けず、税を城に搬入するのが、わいらの仕事や」
「わかりました。村人の手を借りて、野菜を煮込みます」
おっちゃんの指示を受け、村人の手を借りて野菜を細かく刻んで火を通す。
刻んだ何種類もの野菜を、鍋に入れ塩を加える。焦げないように注意しながら、水を入れて煮込んでペースト状にした。
少し冷ました野菜ペーストに、ヨーグルトを加える。まだ、熱いうちに酒樽に入れて蓋をした。
七日後、おっちゃんは樽を荷車に積んで艀で河を渡り、狂王の城に持ち帰った。
城に持って帰ると、徴税係のオーガのリーガが検収に来る。リーガは身長二mとオーガの中では小柄なオーガだった。
リーガが樽を見て、不思議そうな顔をする。
「おっちゃんさん、税の徴収ですよね。書類では野菜を税として持ち帰って来る予定になっていますが、これは酒樽ですね。代納で酒になったのですか?」
「すんまへん。それが、長雨に閉じ込められて、野菜を運び出すのが不可能になりまして、保存食に変更しました」
リーガが顔を歪めて非難する。
「なんで、そんな対応を? 酒で徴収してくれば良かったでしょう」
「野菜で納めてもらったのに、悪くなりそうやから酒に換えてくれ、とは頼めんかった。交換しても、村人は悪くなる野菜を手にして困る」
「では、この樽は漬物ですか?」
「いいえ、漬物にするには、塩が足りんかった。苦肉の策で野菜を煮込んでペースト状にして、塩とヨーグルトを入れて、持ってきました。これで、納税を完了としてもらえませんか?」
リーガが険しい顔で辛辣(しんらつ)に述べる。
「でも、そんな。発酵野菜ペーストだなんて、きっと悪くなっていますよ」
ガガーリが樽の一個を下ろして開けると、上澄みに真っ黒な汁が浮かんでいた。
リーガは非常に苦い顔で拒絶する。
「うわ、これは駄目だ。腐っている。捨てないと」
おっちゃんは、そこで気が付いた。
「待ってください。腐った臭いはしていませんわ」
「でも、真っ黒ですよ」
おっちゃんは指に汁を付けて舐めると、塩気と酸味の中に旨みと甘みを感じた。
「いや、この汁は美味いですわ。これ、調味料として使えます。おい、ガガーリ。ちょっと、料理人を呼んできて」
ガガーリに呼ばれて、年配のオーガの料理人がやって来る。
オーガの料理人は匂いを嗅いで、掌に垂らして舐めた。満足気な顔で頷く。
「これは、立派なソースだな。香辛料が少ないが、いい味になっている」
「ほんま? じゃあ、これの価値はあるの?」
「あるよ。絞って詰め替えれば、料理に使える。なんなら、厨房(ちゅうぼう)係で買い上げてもいいよ」
リーガが明るい顔で書類に記入する。
「納税完了、と。品物は、ソースで代納と」
「助かったわ。いろいろと、足掻いてみるものやな」
おっちゃんの働きにより、『狂王の城』にソースが齎(もたら)さられた。
ソースはこの後、『狂王の城』で改良され、高級調味料のウィンケル・ソースとして、モンスターたちの間に広まっていった。
第五昼 おっちゃんと仕事の後に
『狂王の城』の下に広がる地下空洞に、おっちゃんはいた。
大きな通路の向こうからボロルが足取りも軽くやって来て、笑顔で語る。
「教えられた通りに、地底湖に架かる石橋の上に冒険者を追い込みました」
地下空洞には周囲が五百m、深さ八mほどの地底湖が存在した。
「そうか。冒険者は、どないになった?」
ボロルが浮き浮きした調子で話す。
「おっちゃんの予想した通りですよ。地底湖に住む鉄砲魚の放水に遭って足を滑らせて、地底湖に落ちました」
空を飛ぶ虫などに水を放って撃ち落とす魚に鉄砲魚がいる。
ただ、『狂王の城』の地底湖にいる鉄砲魚は、ダンジョン産で全長三mほどもある巨大さで、強烈な勢いの水弾を吐く。
「人間は水の中では思うように動けん。なら、今頃は鉄砲魚の餌やな」
ボロルが楽しそうな顔で語る。
「それにしても、あの橋に人間を追い込むと、面白いように落ちますね」
「橋は濡れると滑る素材を採用しているからな。暗い中を急いで走って来る。そんで、滑り易い橋の上に来て、強烈な水の弾を浴びせられれば、まず、バランスを保つのは無理や」
「ダンジョンが危険に満ちている、ってとこですかね」
「人間を追い詰めたら、思わぬ反撃に遭う。だったら、逃げる人間は無理に追わず罠のほうに追い込んで始末する。そのほうが確実や」
地下洞窟の向こうから三人組のトロルがやって来る。
「交替に来ました」と、先頭のトロルが畏(かしこ)まった顔で報告する。
「そうか。もう、そんな時間か。ボロルはん、上がろうか」
「はい。今日は成果もあったので、気分よく終われます」
おっちゃんとボロルは地下空洞を進むと、秘密の出口に向かった。
秘密の出口は隠し扉になっている。扉に鍵はないが、開けるのには力が要る。トロルの力なら難なく開く。
扉の先は十mほど進むと、『従業員用』のプレートが掛かったエレベーターがある。
エレベーターは、六人乗りで、テンキーが付いていた。ボロルが四桁の番号を入力すると、上昇して、上の階に移動する。
エレベーターが止まると、石造りのフロアーに出た。そこで、自分の名前が書いたプレートを外して、回収用の箱に入れる。箱に入れるのをもって業務終了となり、フロアーにある扉が開く。
扉を潜ると、T字路になっていた。右が浴場で、左が休憩室に繋がっていた。
おっちゃんとボロルは通路を右に進む。そこでまたT字路になっていて、男性と女性用に浴場が分かれている。
おっちゃんとボロルは男性用の浴場に進んだ。トロルが四十人ほど入っても充分な広さがある脱衣所に出る。
おっちゃんは、腰巻きに付いているポケットから、小銭入れを取り出した。貴重品用のロッカーに入れてから腰巻きを脱ぐ。
脱いだ腰巻きは、洗濯用の回収ボックスに入れた。タオルが積んである籠からタオルを取って大浴場に入る。
『狂王の城』の大浴場は大きく、人間なら、二百人も利用できるほどに広い。トロル用の大型の洗い場で体を洗う。洗い場には石鹸が備えつけられているので、利用する。
石鹸で頭と体を洗い、シャワー・コーナーに行く。シャワー・コーナーでは、天井からお湯が滝のように流れ、タンクに注がれていた。
タンクについているシャワー・ノズルから、お湯が溢れ出ている。シャワー・コーナーで汚れを落としてから入浴となる。大浴場の浴槽は三つあり、熱い、温い、薬湯の三種類がある。
薬湯の場所には、立て札には『蓬(よもぎ)湯』となっていた。薬湯は日替わりであり、その日の内容は立て札に書いてある。
「今日は蓬湯か。よし、今日は薬湯にしようか」
ボロルは蓬の匂いが好きになれないのか、温いお湯に浸かっていた。おっちゃんは蓬の香を楽しみながら、しっかりと温まる。
ほど良いところで浴槽から上がり、シャワー・コーナーで軽く薬湯を流してから脱衣場に戻る。
バスタオルで汗を拭くと、脱衣所に用意されている新しい腰巻きを身に付け、小銭入れを回収する。
脱衣所から出て、休憩室に移動する。
『狂王の城』では福利厚生の一環で、風呂上りのドリンクは無料で提供されている。水分補給のためにおっちゃんは甘酒を飲む。
風呂上りのドリンク・コーナーには、アルコール飲料はない。風呂上りに酒の一杯も飲みたい種族は、軽く水分を補給して食堂に移動するのが、決まりになっていた。
休憩室から食堂に移動する。食堂は二十四時間やっており、食事はシッティング・ビッフェ形式になっている。食事は無料だった。
おっちゃんは適当にトレーに食事を摂る。交替時間ということもあり、食堂は混雑していた。でも、座れないほどではない。
その日のおっちゃんは、食事として肉の炒め物、野菜のお浸し、肉詰めのパン、ポテト・サラダを選択した。
食事が終わったので、まだ食べているボロルに声を掛ける。
「道場に行くから、先に行くでー」
「はい、お疲れ様でした」
おっちゃんは私室に戻る。そこで。ワー・ウルフに姿を変え着替えると、木剣を持って、道場をやっているドラニア先生の許に行く。
ドラニアは龍の顔を持ち、体には鱗が生えた龍人族だった。ドラニアは『狂王の城』で剣を教える先生でもある。
おっちゃんは道場で、眠る二時間前まで鍛錬に勤しむ。道場での鍛錬を終えると、軽くシャワーを浴びて汗を流す。
今度は寝る前なので、飲料コーナーでエールを注文して、財布から小銭を出して払う。
エール大ジョッキの価格は、一杯で三十銅貨だった。軽く一杯を飲んで、図書室の雑誌コーナーで適当に時間を潰す。そうして、眠くなると床に就いて一日を終えた。